偶然は偶然か?それとも偶然は必然なのか?

『人生物語』ってもんは本当に不思議なものだ。

あえて『人生』ではなく『人生物語』としたのは、人生はまるで物語のように次々とページがめくられていくからである。

まるで3流のドラマの白々しい偶然があたりまえのように現実的に起こってくるのだ。

 

たとえばつい先日のことである。

お金持ちになってみたい、というような記事を書かせてもらった。(その記事はこちら

するとその翌日にはトレーダーとして大成功している人と出会い、成功するための根本的な極意を伝授された。(もちろんボクはトレーダーはやんないっすよ。つーかできないし)

さらにこれもつい最近の話なのだが、海に向かいながら何の気なしにある人のことが頭に浮かんできたらバリの海にいるはずのないその人とばったり遭遇した。

まあこういったことをただの『偶然』として済ませてもいいのだが、偶然にこそ何らかの意味があると捉えていった方が人生は断然オモシロクなってくるみたいなのだ。

 

『偶然は必然である』という考え方に一度は触れたことのある人は決して少なくないだろう。

偶然は必然なのか、それとも偶然は単なる偶然なのか。

真実は誰にもわからない。

これは単にどちらを信じて生きていくかという思想的な話に発展していってしまうのだ。

 

少なくともボクにとっては偶然は必然であり、偶然には何かしらの意味が含まれていると考える方面のニンゲンだ。偶然にこそ強いメッセージが隠されており、それを指針にこれまで生きてきたのだ。

 

偶然をただの偶然と捉えてブレずに初志貫徹で突き進むもヨシ、偶然に意味を見出しながら新しい道を切り開いていくもヨシ。

また反対に偶然に囚われすぎて迷子になってしまうケースもあるだろうし、偶然を無視して大きなチャンスを逃してしまう場合もあるはずだ。

 

となると、この思想についてはその人自身のセンスに関わってくるのだろう。

偶然からプラスになることだけをうまく抽出し、マイナス面は切り捨てていく。

偶然の人との出会いにはいい出会いもあればそうでないものもある。

人生を左右するような素敵な出会いもあれば、どうしてこんな人と出会ってしまったのだろうと悔やむような出会いもあるのだ。

その辺もやはり各々のセンスに関わるモンダイなのかもしれない。

 

偶然は必然なのだけれど、偶然から何を抽出して何にインスパイヤされるか、という自分自身のセンスがモノをいうことになる。

で、結局ごちゃごちゃ書いていてよくわからなくなってしまった。

難しいモンダイなのである。

有本圭

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