ニカニカと笑うあの少年が

湘南辻堂のサーフショップでチャラチャラと働いていた時代があった。

今から25年も前の話である。

その当時の辻堂は今よりもずっと遠浅だったし、当時からロングボードなどをしていたボクは「オマエ、なんで若いのにロングなんてやってんだ?」などと真顔で言われてしまうような、そんな時代だった。

 

そのショップにはY店長という強烈猛烈熱血サーファーが君臨していた。Y店長はとにかくサーフィンに熱い人で、湘南にスウェルが入り始めると夜も明けきらぬうちからボクら若手を集めて海に向かった。サーフィンでシゴかれ、飲めない酒を無理矢理飲まされ、その当時は完全にイヤイヤだったわけだが、そんなイヤイヤを乗り越えて今の自分があったりする。今ではサーフィンもビールも大好きだ。ある意味ボクの人生を決定づけてくれた人なのである。

そのY店長には3人の子どもたちがいたのだが、そのうちの男の子は青い目をした究極的に可愛らしい赤ちゃんだった。

なぜ彼は純日本人なのに青い目をしていたのか今尚謎なのであるが、「こいつは大人になったら女泣かせになるだろうな」などと心密かに思っていた。

湘南に生まれ、サーファー一家に育てられた彼は小学校高学年にもなるともういっぱしのサーファーになっていた。

アタマ前後の波にもひるまずに乗っていく彼の姿が印象的であった。

波があるときにはボクのことなど見向きせずに夢中で波を追いかけていたのだが、波が小さくて退屈な日にはすかさずボクに近寄ってきてちょっかいを出し始める。ボクのロングボードにしがみついてきてタンデムをせがんできたりするような子だった。そんでもって1回でもタンデムしようものならここからがシツコイシツコイ。

「もう一回、もう一回」と日が暮れまでタンデムオカワリは止めどもなく続き、結局まともにサーフィンできずにただ遊んで海から上がるという日も一度や二度ではなかった。

まあようするにボクも楽しんでいたわけである。

 

そんな彼が大人になってボクの前に戻ってきた。

あのゴウくんが伊藤豪という大人のサーファーになってボクの前に舞い戻ってきたのだ。

思春期にはややグレイゾーンにハマりこみ、何年かサーフィンから遠ざかっていた時期もあったようなのだが、また日の当たる場所に戻ってきたのだ。

よかったよかった。

 

そんな彼。

プロトライアルに挑戦するまでのサーファーへと成長し、少年時代には想像もつかなかったようなパワフルなサーフィンを見せてくれた。近い将来、プロの舞台で活躍することも決して夢ではないところまできているのだ。

あの青い目をした赤ちゃんがだよ。

あのニカニカと笑う少年がだよ。

このような再会はなんとも嬉しいものなのである。

と、同時になんだかやっぱりずいぶん年を取ってしまったんだな〜、などと少々感傷に浸ってしまうのであった。

有本圭

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