低運気シグナルの表出

日本には『厄年』という風習がある。

もちろん科学的根拠はないらしいが、総じて人間が災難などにあいやすい年齢を示している。

厄年前後を前厄後厄、厄年を本厄とし、前後を含めた3年間は不運や災難などが降りかかりやすいので十分注意して生きよ、という戒めとなっているのだ。

 

どうやらその風習は平安時代にはすでにあったようなのだが、ボクの場合はこれまでに一度たりとも『厄』を気にしたことがない。

実際に何歳が厄年なのかも知らないないし興味すら持ったことがない。

もちろん厄払いなどするはずもない。

時々出会った人から年齢を聞かれ、「ああ、後厄なんですね」などと言われたこともあったが、混じり気なしの純度100%でスルーを決め込んできた。

 

しかしながら厄年には興味がないのだが、運気という人生のバイオリズムのような存在は確かにあると信じている。

こうして生きていると運がいい時期と悪い時期が交互にやってきているのがよくわかる。

特に安定感に欠けた人生を歩んでいるボクはその差が如実に現れる。

落差の激しい人生をヨタヨタと歩んでいるのである。

 

で、ここ最近のことなのであるが、運気下降兆候が顕著に現れ始めているのだ。

例えば、ガソリンスタンドに入ろうとすると前を走る3台の車が立て続けにガソリンスタンドに入っていきすっかり待たされてしまったり、ATMにカードを入れるとそのままカードが出てこなくなったり、大好きなコロッケパンが食べたくなってわざわざ遠回りして買いに行くも寸前にやってきた客がそれを全部買い占めてしまったり。セットの波が入ってきて3本目を狙ったら2本目で終了だったり。(それはただの読み違いか)

とにかく「なんでだよっ」と思わず叫びたくなるような出来事が頻発し始めているのだ。

 

若い頃、連続して駐禁やシートベルトなどで警察に捕まり不運を嘆いたその直後にとんでもないトラブルが待っていたなんてことが何度かあった。人生の長いトンネルに入る前には日少しずつ陰り、小さな変事に見舞われつつ長いトンネルに突入していくというのがこれまでのパターンなのである。

 

厄年が人類歴史上においてだいたいこのくらいの年齢になると不運が起こりやすいという感覚的統計から成り立っているのだとしたら、ボクにとっての厄年はこうした小さな不運連発シグナルが現れてくるという我が人生歴史上感覚的統計から成りたっているのである。

こういった時にはドタバタと足掻いてみたところで逆効果になるだけだ。

このような低運気から抜け出そうと、もがけばもがくほど沈んでいくという傾向がある。

こういう時は縁側でお茶でもすすりながら嵐が過ぎ去るのを待つ、というおじいちゃん的姿勢がもっともタダシイ。

今はただただどうかこの低運気シグナルがほんの思い過ごしであってほしいと祈るのみなのである。

やめてー。

有本圭

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