いいんでネシア 〜感情編〜

 

インドネシア・バリ島に移住して6年目に突入したわけだがその間学ぶことが多かった。移住当初のボクは先進国出身としての自負があり、発展途上のバリ島からここまで大きな影響を受けるとは思っていなかった。逆にいろいろと教えてあげなきゃならないのでは、などと宣教師のようなことをぼんやり考えていたりしていた。

しかし実際は違った。

それまでのアタリマエは無残にも崩れ、常識は簡単にひっくり返された。文化の違いは大きな学びの機会となることを身をもって知ったのだった。

今回は感情面から彼らを見習うべき点をいくつかご紹介しようと思う。

 

怒らない人たち

移住当時、車を運転していてクラクションを鳴らされるたびにいちいちカリッとしていた。バリの人たちはよくクラクションを鳴らすのだ。

当初ボクはケンカを売られたと勘違いし、ウィンドウを下ろして豪快かつ攻撃的に肘をつき出してその車が横につくのを待ったことがあった。きっとナニゴトかを言ってくるだろうと身構えた。

サムライは売られたケンカは買わなくてはならないのだ。

 

その車が横につき、「さあこい!」と攻撃的な視線を飛ばすと・・・

ニコッ。

え?

まさかのスマイル。

この流れでスマイル??

なんで?

行き場をなくした視線はふんわりとユルみ、曖昧にスマイルを返すしかなくなった。

日本にいた頃には絶対にないタイミングで笑顔が交わされていたのだ。

 

そんなことが何度か続いた。

クラクションを鳴らしても決して怒っていないことが徐々に判明してきた。

日本的常識からするとこれはキレるだろうという状況においても誰も全く怒っていないなんてことが多いのだ。

 

流れに逆らわない

たとえば国内線では定刻通りに離陸することはほぼアリエナイ。当たり前のように遅延が連発する。

しかも遅れている理由がアナウンスされるようなこともほとんどないし、どれくらい遅延するかさえアナウンスがない。

日本だったら暴れだす人が出てもおかしくない状況であってもインドネシア人は驚くほど何の反応も示さない。

「しょーがないね〜」というような諦めのムードが漂うだけでそんな状況にイカったりする人の姿は見られない。

また車の税金を払いにタックス・オフィスに出向くと恐ろしいほど待たされることがある。ただ税金を払うだけで何時間待たされりゃあいいんだと物申したくなるような状況でもわりとひょうひょうとしている。

おい、みんな、ここは気持ちを一つにしてイカろうぜ!などと思ったところで誰も立ち上がってはくれないのだ。

 

小さいことはもちろん、大きなことでも気にしない

昨年の暮れからバリ島最高峰アグン山が噴火活動を始めた。この影響でツーリストが激減して危機的状況に陥った。

人々はさぞかし不安に苛まれているだろうと想像していたが、現地の人たちは意外なほどアッケラカンとしていた。

「それはカミサマしかわからないこと。祈るだけよ」と気にするそぶりもなかった。

過去にテロなどで何度も危機を乗り越えてきたバリ島の人々は必ず危機は乗り越えられると心から信じているようだった。

 

日本に戻ると法整備が行き届いていて安心する。しかしそれが少々いきすぎていて窮屈さを感じることもある。

今回ご紹介したインドネシアの見習うべき点はルーズさと隣り合わせなので捉え方によってはネガティブにも取られてしまう。しかしボクは彼らのこういったおおらかさを「いいなあ」と羨んでいる。

ついカリカリしてしまった自分がなんだか恥ずかしいとさえ思えるようになっているのだ。

しかしそれと引き換えにルーズさが少しずつボクを蝕んできている。まあある意味一長一短なのかもしれない。

有本圭

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