ローカリズムのあり方

以前の話である。

バリのとあるポイントでパドルアウトしながらあるロコサーファーの存在に気づいた。

ボクは笑顔で挨拶した。

「元気? 久しぶりだね!」

彼とは約1年ぶりの再会だった。

しかし彼は表情を硬くした。そして睨みつけるような憎しみのこもった目をボクに向けながら近づいてきたのだ。

「オマエ、ここから出てイケ!」

一瞬何を言っているのか理解することができなかった。

彼と何かでモメるようなことはなかったし、いたって関係は良好だったはずなのだ。

「なんで? 何があったの?」

ボクは身を硬くした。

全く身に覚えがないことが我が身に起こっていた。

「オマエ、あいつとあいつと友達だろ。だから出てイケっ!」

えっ?どういうこと?

ボクは自分の耳を疑った。

たったそんなことで海から上げられてしまうのか?

だいたいそのロコサーファーと関係が悪いのはボクではない。これはまさにトバッチリというやつだ。

しかし今にも飛びかかってきそうな彼の殺気を前にボクはなすすべもなかった。

海の中で殴り合いのケンカなどまっぴら御免だ。そんなことは自分のポリシーにも反する。負け犬だと罵られるかもしれないが、ポイントの空気を壊したくもなかったのだ。

「わかったよ、上がるよ」

ボクは彼の言う通り海から上がることにした。

その日は釈然としない思いを胸に車で隣のポイントへと移動してサーフィンをしたのだった。

 

この話は実際自分の身に起きたことであるが、これと同じような話はどこにでも転がっている。

ローカルサーファーという権限を行使して自分の気にくわないビジターを海から追い出す行為が各地で見られるのだ。

ビジターサーファーのマナーやモラルの欠如が原因でトラブルになってしまうケースも多々ある。しかし中にはただ海に入っただけで怒鳴られて海から上げられてしまうなんていうケースもある。

ポイントによってはローカルオンリーと制限がかかっているスポットもある。サーフィンの世界にはロコサーファーによって固く閉じられたポイントもあるのだ。良い悪いは別としてそういったポイントは世界中に点在しているというのが現状だ。

限られた波を分け合わなくてはならないサーフィンの特徴を考えるとそれもうなずける。

 

ボクは東京で生まれ育っているので常にビジターサーファーとしてサーフィンと接してきた。しかし湘南で暮らしていた頃は自然とローカルサーファーたちと仲間になり、そのムードは十分理解しているつもりだ。

その頃はローカルサーファーの立場に立って振舞っていたので彼らの気持ちは痛いほどよく分かる。

どこからともなくやってきたビジターサーファーに自分たちの愛する海を荒らされることに対する不満は常につきまとっていた。

ボクとてそんな気持ちになることは決して珍しいことではなかった。

しかし、決してマナーも悪くないようなビジターサーファーを無下に扱ったりするようなことはボクが暮らしていたエリアではほとんどなかったと言える。

 

湘南という解放されたポイントでさえ例えばサンドバーがバッチリ決まったりするとそこには明確なローカリズムが存在していた。

それは決して悪いことではないと思う。

サーフィンというスポーツの持つ要素を考えるとローカリズムはあってしかるべきだ。

ローカリズムを認めた上であえて書こう。

ただその場所で生まれ育ってサーフィンをしているからという理由だけでビジターサーファーを人間扱いしないようなことはあってはならない。

彼らとて同じサーファーではないか。

こんなことを書くと全国のロコサーファーから嫌われてしまいそうだがボクはそんな風に思っているのだ。

有本圭

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