楽観ワールドクラス

肩は壊すしさ。

タイヤはパンクでしょ。

ついこの間はインロックしたしね。

ド天然嫁から預かっていた車の鍵はいくら探しても見つからない。

きっともう違う次元にまみれてしたったということにした。

さらに先輩にもらった大切な札入れだって最近どこにも見当たらない。

最近とことんツイていないわけですよ。

ああ、もう本当になんでこうなるかな、というマイナスオーラを身にまとっていたボクに対してバリニーズの友人たちはビールを片手に「enjoy life ne!!」などと口々に言う。

enjoy lifeじゃねーよ、と内心毒突いた。

 

日本で暮らしていた頃、ボクは相当にポジティブな人間として位置付けられていた。自分でも自負があった。だいたい人からは「明るくて陽気だ」などといわれ続けてきたし、自分でもかなり前向きな方だと思っていた。

しかしバリ島グループに組み込まれた途端、ボクはどちらかというとネガティブな考えを持つ人間というポジョションに身を落としてしまった。

ボクが変わってしまったのだろうか。いやいや、そうではないと思う。むしろさらにポジティブ度合いはパワーアップしているはずだ。

それくらいに彼らの前向き楽天楽観度合いは飛びぬけている。ある意味ワールドクラスと言っていいだろう。

 

こんな話があった。

ある時、友人(バリニーズ)のお母さんが亡くなった。

その友人が「お母さん、ラッキーよ」と笑った。

お母さんが亡くなったというのにラッキーなんてことがあるのだろうか。

ボクは耳を疑った。

しかも、なんの悲壮感も漂わすことなくフツーにボクらとビールを飲んでいるではないか。

「なんでラッキーなのよ?」

ボクは自然と責めるような口調になってしまった。

「だってお母さん、入院しないで死んだからね。お金かからなくて済んだよ。お金かかるとファミリー大変じゃん。お母さんも迷惑かけなかったから喜んでるよ。だからラッキーよ」と笑うのだ。

悲しく笑ったとかではなく、完全に笑っているではないか。

おい、ダイジョウブか。気はタシカか?

一瞬そんな思いが浮かんできたが、僕は大事なことを忘れていたことに気がついた。

彼らにとっての『死』は日本人の死生観とはまったく違うものがあったのだ。

 

彼らにとって『死』とはあくまでの生の一部であって、一種の通過儀礼である。死は次のステージに行くことを意味し、決して消えてなくなることではないと信じられているのだ。だから死に対してそこまでの悲壮感がないのだ。

そう考えてみると、お金がかからないで死ねたからラッキー、なのか??

ふふっ。

たしかにそうかもしれないね。

どうせみんな死ぬんだもんね。

お金がかかんないで死ねたらそりゃあラッキーか。

たしかにね。

そう思い直してみると、ボクはなんだかオカシクなってその場で笑い転げてしまったのだ。

 

『死』でさえそんな風に捉えている彼らにとって、肩が痛いだのタイヤがパンクしただのなんてことはほんの些細なことにすぎない。

そんなもん誰にだってあるほんのちょっとのバッドラックではないか。

だからそんなことをクヨクヨと考えてないでさ、ビールでも飲んでエロい話でもしようぜ、となってしまうのだ。

なんだかもうバカバカしくなって、もう激痛走る肩のこともなかったことにして、「オッケー、オッケー、じゃあカンパーイ!」となったのだった。

有本圭

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