必然的自業自得

古傷の歴史

肩を壊してしまった。

Saltwater magazineが立ち上がり、さあこれから旅をすんぞ! サーフィンもしまくんぞ〜、となった矢先のことだった。

しかしこれはある意味必然的自業自得なのである。

 

そもそも事の発端は15年以上も遡る。

『On the Board』というロングボード専門誌の取材に被写体として参加させてもらった時のことだ。

その時、ハワイからTown & Countryというサーフボードブランドのライダーたちがプロモーションで日本を訪れており、そこに同行もしくは便乗させてもらっていたのだ。

プロになりたてだったボクは内心張り切っていた。

少しでもいい写真を残そう、ハワイアンたちに認めてもらおうと鼻息が荒かったのだ。

 

取材がちょうど梅雨時期と重なっていたこともあり全国的に波が乏しかった。

おかげでボクはハワイアンたちを自分の車に乗せて、波を求めて福島や茨城、千葉といった各サーフスポットを右往左往するハメになった。

車内で多くの時間を彼らと共に過ごしたおかげですっかり打ち解けていい友達になれた。しかし長距離運転とサーフィン、ゲロを吐くまで終わらない夜会で疲れはピークに達していた。

そんな中、疲弊した体にムチをうって千葉の和田浦でのフォトセッションした時のことだった。

ノーズ360をしようとした時に左肩を変に捻ってしまい、亜脱臼してしまったのだ。

普段ならそんなことで肩をひねることなどなかったのだが、カメラが向いていることを意識しすぎて無理な体勢をとってしまったようなのだ。

しばらく間、海中で肩の痛みに悶絶した記憶が鮮明に残っている。

亜脱臼とは完全に肩が外れたわけではなく、一部の組織が損傷したことを示している。

 

ボクは取材から離脱するのは嫌だったし、せっかくのいい雰囲気を壊したくないとの思いが強く、痛みを押して最後まで無理をしてやりきってしまった。

これがそもそもの発端だったのだ。

この時にすぐに病院で治療して安静にしていれば・・・

治療を受けてリハビリをしていれば・・・

今更、タラレバを言っても仕方がないことなのだが。

 

それ以降、ことあるごとにこの左肩が痛むようになってしまった。

休みを取らずにサーフィンをし続けたり、特にショートボードに乗り換えると無駄な力が肩にかかって痛みが再発するようになってしまったのだ。

必然的自業自得

それから時は流れて現在へ。

話は一旦ソレるかのようにみえるが再び戻っていくのだ。

バリ島で我が愛娘ガル子との日々を送っているわけだが、甘えん坊のガル子は6歳ながらいまだに一人で寝室に入ることができない。

一つにはボクがオバケ話や時として本格的な怪談話などを聞かせて散々怖がらせ、「オトー、一緒に寝てくれる?」とガル子の口から言わせるという卑劣な策略をしているというのがあるのだが。

悪い父親だ。

で、就寝前にベッドで絵本を読んでやることにしているのだが、読みだすとたいがいガル子は盛大にハナクソをほじり始める。

聞いているんだがいないんだかわからない。

しかし必ず毎晩読書を求めてくる。

読書が始まるとガル子はボクの左肩に頭を乗せてハナクソをほじりつつ物語を聞くのが就寝前の習慣となっているのだ。

 

まだ小さかった頃は肩への負担は少なかったのだが、6歳の頭はまあまあの質量に成長している。

そしてそのまま左肩にずっしりと重たいガル子の頭を乗せたまま寝てしまうこともしばしばだった。

時としてそれが朝まで続くこともあった。

ボクは少しの痛みを左肩に感じつつもガル子を肩枕できる残りわずかな時間を優先してしまった。

そんなこんなでだんだんと左肩の状態が悪化していったという救いようもない理由が根底にある。

だから今回の肩痛は決して全面的にサーフィンのせいにしてはならないという裏事情があったのだ。

 

夜、寝ていても痛みで目が覚めてしまう。

そもそも痛みでうまく寝付くことができない。

眠れたとしても痛みで熟睡ができない。

大げさ番長で有名なボクではあるが、まあまあの痛みが肩を襲っている。

 

こんな愚かなボクの左肩は回復してくれるのだろうか。

もう手術しかないんじゃないか、などという声も耳に届き始めている。

手術は嫌だな〜。リアルに想像すると本格的に恐ろしくなってしまう。

肩にメスを入れて、あらわになった骨を外し、損傷した部分を縫合し・・・。わあああああああ。想像するだけで握力が15kg以下に低下してしまう。

中年おじさんがKeep Surfingするのは決してラクではないのだ。

有本圭

インスタグラムkeiarimotoではバリ島ライフをほぼ毎日アップしてます。こちらも是非フォローしてくださいね!